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<Author: 張九齡>
<Title: 感遇十二首  其二>
<Format: 五言古詩>
<Year: 1988>
<BookName: 唐詩三百首詳解  上卷>
<Translator: 田部井文雄>
<style: 現代文有假名>
<style2: 日本現代譯文附假名標注>
<TranslatedTitle: 感遇十二首  其二>
<BookPage: 24>
<UsedPage: 1>
<Feature: 0>
<End Header>
<Poem>
江南有丹橘，經冬猶綠林。
豈伊地氣暖，自有歲寒心。
可以薦嘉客，奈何阻重深。
運命唯所遇，循環不可尋。
徒言樹桃李，此木豈無陰。
<End Poem>
<Translation>
江南（こうなん）の地（ち）に赤（あか）いたちばなの木（き）があって、厳（きび）しいひと冬（ふゆ）を過（す）ごしても、なお、みどりの林（はやし）のままである。

どうしてそれはその土地（とち）の気候（きこう）の暖（あたた）かさのためだけであろうか。そればかりではなくて、その木（き）自身（じしん）が木（き）本来（ほんらい）のものとして備（そなえ）えている厳冬（げんとう）の寒（さむ）さにくじけない堅固（けんご）な心（こころ）があるからなのだ。

それを心（こころ）の通（かよ）い合（あ）う賓客（ひんか）に進上（しんじょう）しようにも、奥深（おくぶか）い茂（しげ）みにもたとうべき小人（しょうじん）どもにはばまれてしまうとは、どうしたことであろうか。わたしの運命（うんめい）は、ただ予期（よき）せぬ出（で）あいにまかせるばかりで、吉凶禍福（きっきょうかふく）のめぐりあわせは、計（はか）り知（し）ることはできない。

世（よ）の人々（ひとびと）はただ桃（とう）や李（り）ぱかりを植（う）えようと言（い）うが、この丹橘（たんきつ）の木（き）にも、どしてみどりの木（き）かげがないことがあろうか。桃李（とうり）に劣（おと）らず有用（ゆうよう）な木（き）なのである。
<End Translation>